9月5日津沢と阿曾三右衛門翁フォーラム開催

イベント

津沢町の歴史と開祖阿曾三右衛門翁の成した偉業を学び、歴史を共有する企画『津沢と阿曾三右衛門翁フォーラム』を開催します。
第一部では当会会長沼田宗敏と地域文化総合研究所代表の長谷川孝徳氏が津沢の歴史やルーツに関連した基調講演をおこないます。
第二部では基調講演者のお二人に加えておやべメルヘンガイドの柴田正人氏が加わり、「津沢の昔と今、そして未来へ」をテーマにパネルディスカッションをおこないます。

みなさまのご来場をお待ちしています。

本フォーラムはコロナウイルス感染症の流行拡大に伴い延期となりました。改めて日時が決まりましたら連絡させていただきます。

日時:9月5日(土)13時30分~15時30分(13時開場)
会場:津沢コミュニティプラザ多目的ホール
(小矢部市清水369−1)
定員108名

参加お申込みはこちら

コメント

  1. 名畑外志雄 より:

    寛政年代に津沢町肝煎に、神島屋吉右衛門でしたが、同年代に福野町肝煎に神島屋吉左衛門の名前が見られますが、この方々は兄弟ですかね?又神島家、すたわち、津島家のルーツは砺波の神島村ですかね?

    • 沼田宗敏 より:

      神島屋という屋号からすると、両家とも神島出身とみてよいでしょう。また、吉左衛門、吉右衛門という名からすると、両家は兄弟であった可能性はあります。一方で、寛政年間というのは福野や津沢の町立てから百年以上経過した頃です。町立て直後ならともかく、百年の歴史を経た町で肝煎を務めることができるのは、代々続く旧家であり財力と人望を備えた名家であることが必須でしょう。神島から分家したての兄弟がそれぞれ、福野と津沢で肝煎を務めることができた可能性はほぼゼロです。なお江戸時代は当主の名前が代々引き継がれることがあったので、寛政年間に福野の肝煎だった吉左衛門と津沢の肝煎だった吉右衛門の先祖が互いに兄弟だった可能性はあると思います。

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